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71期の塩谷哲夫氏
71期 塩谷哲夫
2006.04.16 ブラジルからの熱い風−ブラジルのサトウキビ生産事情

山崎農業研究所 機関誌『耕』109号原稿  前号に続く「第2部」
ブラジルからの熱い風−ブラジルのサトウキビ生産事情
塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授、執筆当時在ブラジル:JATAK農業技術普及交流センター)

1)サトウキビ生産の世界でのブラジルの「実力」
 世界のサトウキビ生産は、FAOの発表(2004年)によると、世界の合計で栽培面積が20,287千ha、生産量は1,323,952千トンである。そのうちブラジルが5,571千ha(27.5%)、410,983千トン(31.0%)を占めている。第2位はインドで、4,100千ha(20%)、244,800千トン。3位以下はかなり水があいて、中国(1,353千ha、90,635千トン)、タイ、パキスタン、メキシコと続く。
 収量もこの年のデータでは、1ヘクタールあたりブラジルが約74トン、インドは60トン、以下は推して知るべしで、ブラジルの生産性の高さが抜きん出ている。ブラジルの農業統計を取りまとめている機関のInst.FNPレポート,2006版によると、サトウキビ生産のビックグループ:「サトウキビ生産者協会」では平均収量89トンとしてコスト計算を行っている。ものすごい高収量である(後述)。
 ところで、私が子供の頃、戦時中から戦後早くの時期には福島の田舎でもサトウキビが畑にあって、甘いものが無い時代だったので、こっそりいただいてガリガリかじって、「甘い!」なんてよろこんだものだ。しかし、いまどきの日本では、鹿児島、沖縄以外では目にすることも無く、森山良子の「ざわわ、ざわわ…」の歌で知られている「懐かしい」存在になってしまったサトウキビ。それはどんな作物なのだろうか?ちなみに、日本のサトウキビ生産は、沖縄(栽培面積の60%)・鹿児島(40%)の大事な特産作物で、最も新しい農林水産省公表データの平成17年度(予想)で、収穫面積21,700ha、125万トン、ha単収は約58トンである。収量はインド並みとなかなか検討しているが、生産量としてはブラジルとは比べようもない。

2)サトウキビとはどんな作物か? 
 イネ科の草本で、トウモロコシというよりも茎の太いススキの親方みたいな草姿で、5メートルにも育って、竹のような節があり、ちょうどススキの穂のようは花が付く。ブラジルでは、「カナ・デ・アスーカウ」、普通は「カーナ」と呼んでいる(ように聞こえる。日本人、日系人は、訛って(?)「カンナ」と言っている)。(写真1) トウモロコシのような1年生ではなく、多年生作物である。ブラジルでは、40cmぐらいの節付き茎を苗として植え付けて、最初は1年半後に刈り取り、その後は1年ごとに、経済的に引き合う年限としての6〜7年半で合計5、6回収穫するのが一般的である。
 ブラジルサトウキビ生産者協会(ASSOCANA)のデータ(InstitutoFNP,2006)によると、1ヘクタールの収穫量は1回目の124トンから始まって、順次103、93、82、72、62トンへと逓減していくが、6回の合計収量は536トン(各回平均89トン)にもなる。
 この場合の収入は初回が一番多くて、収量減に伴って次第に減少していくが1ヘクタールで6回分の収穫の累計約84万円(1R$:レアル=55円として換算)となる。そして、1トンあたりの生産コストが1,300〜1,500円なので、1回CANAを植えて6年半で6回収穫して、1ヘクタールの利益として約10万円が得られると計算している。これはスタンダードであって、もちろん年によって、取引環境の変化によって、変動がある。日本人のお金の感覚からすれば、なんだそんな程度かと思われるかもしれない。しかし、一般農村労働者の年間の手取り給与が60〜80万円ぐらいだと言うことを頭において経営評価をしてみてほしい。このあたりの大農場は数百から数千ヘクタール、日系移住地の農家でも少なくとも30ヘクタールぐらいの農地があるから、それだけの倍数の金額になる。ブラジルの主力農産物のコーヒー、ダイズ、トウモロコシなどはすべて国際商品であり、経営収支は、ドル安・リアル高の為替レートや、激しい価格変動の荒波に翻弄される。儲かる年もあるが、穀物のように大赤字が3年もつづいて倒産する農場もある中で、CANAは今のところ最も安定した利益をあげられる作物であろう。

3)サトウキビの収穫作業システム
 CANAの栽培は、大きな企業(USINA:製糖・アルコール工場)の直営農場や大農場、それに、中小農家の農地を借り上げた借地(経営受託〜作業受託など多様)で行われている。そして、CANAの収穫作業には大きくは二通りのシステムがある。企業による作業の場合は、恐竜のような格好の巨大な[専用刈取機→伴奏して走行するトラクタ−圃場内トレーラ(昇降ダンプ付き)→カナ・チップ積載金網ボックス型の道路運搬トレーラ]のシステムユニットが、何組も揃って、数十〜数百haもの広いカナ畑を昼夜を通して稼動する(写真2,3,4)。
 一方、小さな農業企業の場合は、[手刈り→ウィンドロウに軽く積み並べ→トラクタ−グリップハンド(長いままの茎を掴んで)→長茎積載型の道路運搬トレーラ]のシステムである。刈取前に、圃場の周辺から一斉に火を放って、邪魔になる枯葉を焼いてしまう(鉈でのカット作業の労働負担を高める。また、アフリカ蜂のような凶暴な昆虫がいる)。短時間で燃え尽きるが、轟々と音をたてて夜空を焦がすカナ焼きの紅蓮の炎は、乾期カナ地帯の風物詩のようになっている。高台から見渡すと360度の地平線のあちこちから火の手が上がるのが見える(写真5)。
 実は、この方法は環境に悪影響があるというので、地域や条件を定めて、次第に禁止されつつある。しかし、手軽で労働者に「安全」な枯葉の焼却方式はそう簡単にはなくならないのでは無いかと思う。烏天狗のようないでたちで、焼いた後の煤で汚れた畑の中で黒い茎を、鉈を振るって真っ黒になって競い合って手刈りする作業(作業量での歩合制賃金)は大変な重労働であると思う。しかし手刈り作業は、CANA地帯の農村労働者にとって、なくてはならない暮らしの糧となってきたのだ。

4)UJINAのサトウキビが農地を囲い込んでしまうかも…
 いずれの作業システムを採るにせよ、CANAの終着駅はUSINA(製糖・アルコール加工場)になる。農地の所有者から借り上げた畑で、UJINAが専用機械化システムで直営するか、間に入った農企業が手刈りを入れたシステムでやるか、一般にはどちらかの方式が行われている。100ha以上のまとまった土地になるとUSJNA直営、数十ha程度の農地なの場合は農企業の請負になるようである。後者の方が借地料がいくらか高いようである。このような事態が進行すると、土地所有農家は貸地の地代を収入とするだけの「不労所得者」(?)となるわけである。
 小さな農業生産者が(と言っても数十haの農地も持っている。<注>もっと小さい農業だけでは食べていけない零細農家も沢山ある。このことは別の機会に譲る)、トウモロコシや大豆を作って安定収入を得るのは並大抵ではない。変動する気象環境、特にベラニコ(雨期中に2,30日、あるいはもっと長く、雨が降らなくなる一時的な乾燥)にあったら収穫皆無になる。そして、国際的な価格変動、高い利息払いなどの激しい荒波の中で苦労して勝負するよりも、CANAに土地を貸した方が所得が安定している−と言うことになってしまっているようである。このところ、1ヘクタールで3万円を越えるレベルのCANA貸地料ほどの高く、安定した収入のある作物はないと人々は言う。USINAも心得たもので、借地料を契約時点にまとめて大金で払う場合もあるし、給料のように毎月に分割して払ってくれたりもするそうである。戦いつかれた中小農民の畑は、悲しいかな、こうしてサトウキビ、CANAに蚕食されていっているのが現状である。「USINAによる農地の囲い込み」と言えるかもしれない。同様のことが、製紙会社によるユーカリ栽培についても当てはまりそうである(写真6)。

5)自立して戦うたのもしい若者もいる
 しかし、中には農家が機械等のシステムをレンタルして自力でやり通すつわものもいる。私の友人のニッポ・ブラジレイロのエミーリオはそんな青年である。彼の場合、約40haのCANAを作付けし、「1ヘクタールあたり75トン生産レベル。収穫時期の1トンあたりの価格はR$27。収穫時に、収穫量の70%分の代金を貰う。残りは分割で時価計算でもらう」というUSINAと契約した。そして、収穫時期に、彼は刈取機2台セットのシステムを借りて、自ら機械のオペレーターを務めながら陣頭指揮をとって働いた。その結果、支払いを受けた70%分の金で肥料や機械などのコストの100%を支払って、まだ30%が手許に残ったと言う。これで彼はひとまず、60×40×27=R$64,800の売上で、70%のコストR$45,360を清算して、売上の30%に当たるR$19,400(約105千円相当)の利益を得たわけである。ところが、おもしろいのはその後からである。収穫量の残り30%の販売金額を1月から4月にかけて分割でもらうことになる。ここからはすべて彼の手取り利益となる。そして、貰うのは「時価」販売金額である。このことが彼に予想外の儲けをあたえてくれることになる。すなわち、収穫盛期をすぎるとCANAの価格は必ず上昇してくるので、1トンがR$27以上になるわけである。今年は、本誌前号に紹介したような事情で、CANA価格は端境期に向けてどんどん上がった。彼からこの話しを聞いた3月中ごろにはR$35であるが、4月にはR$39ぐらいまでになるだろうと彼は予想していた。そうすると、60×0.3×40×R$〇〇となるから、少なくともR$25,000以上(130〜140万円)が彼の経営努力の結果として入ってくることになる(ただし、税金でずいぶん持っていかれるらしいが)。USINAは相当荒稼ぎしているようだが、彼のようにしっかり働く独立農業経営者には、農地を貸して「不労所得」を稼ぐ人以上の、それなりに報われる大きな見返りがあるわけで、少しばかりホットした。ちなみに、彼の経営の主力は亡き父の跡を受け継いだ採卵養鶏である。そうそう、昨年の地元の市長選挙に彼は女性の市長候補とペアで副市長として立候補した。落選したが、将来地域の農業、コミュニティーを担う人物として育ってくれるのではないかと、頼もしく思った。
 ところで、収穫後に再生してくるCANA(写真7)の収穫以後の管理作業は比較的簡単なようで、刈り後の早い時期のトラクターがカナの株をまたいで畑に入れるうちの中耕除草、施肥、必要に応じての防除程度ぐらいである。機械刈りの場合は畑の表面は「堆く高く」というほどの枯葉で覆われていて雑草が顔を出す隙間があるかというほどであり、成長の早い茎葉で畦間はカバーされてしまうから除草はいらない? (地力維持などの土壌管理の作業、システムについては後述)。

4)驚くべき「乾物生産力」
 毎日サトウキビ畑の真中を通るたびに、「また大きくなった」と実感する(写真8)。「CANA恐るべし!」と言う思いがつのって、昨年7月末の収獲期に、CANAがどのぐらいの乾物生産力があるのか実際に調べてみたくなった。さて、その結果は、やっぱりすごかった。
 平均草丈は5.11メートル。一株の平均生体重は約3キログラム。乾物率は35%で乾物重は1.1キログラムであった。1ヘクタールにすると、地上部の全生体重は287トン(茎88%、葉・葉鞘12%)で、乾物重は100トンにもなった! 
 ちなみにイネ地上部の収穫時期の乾物重は7,8トンぐらいだから、CANAはイネの悠に十倍以上にもなる。生育期間をCANA365日、イネ150日とした1日・1ヘクタールあたりの乾物生産力は、イネが約50グラム、CANAが約275グラムとなり、CANAはイネの5.5倍という、まさに驚異的な生長力があることが分かった。
 そして、イネはほぼ全生育期間を通じて湛水された環境下にあるのに対して、CANAは数十日間もまったく雨の降らない大気も土壌もカラカラに干いた乾期の間もスクスクと生長していくのである。その給水力のすごさには唖然としてしまう。まだひょろひょろとした草丈1メートル程度の時に堀上げた株の根系を見てほしい(写真9)。CANAの根がすごい集水域を持っていることがわかる。

5)サトウキビの緑の海の真っ只中で考えた
 CANA畑、というよりCANAが当たり一面に広がっている様子は、まるで「サトウキビの海」のようである(写真10)。しかし、何時までも緑の海が干上がることなく続くことができるのだろうか? いま垣間見ただけで、CANAの驚異的な乾物生産力が、ピッカピカに照り輝く南国の太陽エネルギーを受けながら、強力な給水力に支えられていることが伺われる。水を吸うことは同時に水溶化したさまざまな物質を土壌から吸収していることでもある。水は雨期に降る雨で補充されるが(ここグァタパラの農場では年間雨量は1,500ミリ程度ある。ただし雨期に偏している。)、水に溶けて吸い取られる各種のミネラル成分は生長量が大きいだけに、速い速度で減耗することになるはずである。どのような施肥が行われているか、まだ把握していないが、化学肥料だけで補えるのだろうか? この地域には肥沃土壌として名高い「テラロッシャ」が分布していて(写真11)、そこのCANAは周辺地区と比べてはっきり違いが分かるほど良く育っている。テラロッシャは日本の黒ボク並みの有機物含有率があり、各種のミネラルを含み、容積重は黒ボクの2倍もあるらしい。だから、他の土壌よりも長期間に亘って作物生産を支えていける持久力があるのであろう。しかし、このテラロッシャにしても数十年も続いた収奪農法の下では消耗してしまった歴史がブラジル南部諸州、サンパウロ州の土地に刻まれている。かつては肥沃な農地の恩恵を受けてワタやコーヒーが良く出来て、金回りもよく、関連産業も集中して、多くの人口を擁して繁栄していた地域なのに、4,50年の収奪農業の結果として、廃墟化したレンガ倉庫や賑わったであろう立派な町並みの跡を遺して、まばらな牛が草を食む粗放な放牧草地と化して、寂れた街に出会うこともある。
 ましてや、普通の土壌は、こんなにすごい養水分の収奪を受け続けたらどうなってしまうのだろうか?
(注)パラグアイのテラロッシャ地帯に、イグアスやピラポなどの日本人移住地がある。ここでは、既に20年〜30年にもわたって、[コムギ−ダイズ]の連作が不耕起栽培で行われている。しかも、ダイズは1ヘクタールで3トン水準もの高い収量をあげているのだ。昨年ラパスの農家を回ってみたら、石灰もやったことがないし、肥料も最近やり始めた所だなどいう信じられないようなケースに出会って、絶句してしまった。しかし、これは本当のことである。「そんなはずがない」と思う読者には、直接自分の目で確かめられることをお勧めしたい。私が案内してあげても良い。
 ついでにお話ししておくと、乾燥地帯のバイア州では、高地ダム・灌漑施設の導入によって、バレイショを周年栽培している。また、ジュアゼイロ、ペトロリーナ周辺では、灌漑によって不時開花を誘導して、世界のどこでも実らない時期にブドウやマンゴーを生産して高収益を上げている。南米の農業環境の多様性にはつくづく驚かされている。

6)「持続性」への挑戦
 ところで、ここ数年来とのことらしいが、代表的なビックなUSINAである「サン・マルチ-ニョ」では(一昨年、小泉首相は同社工場を見学した。その際、サンパウロからジェット機でやってきて、USINAの自家用空港に降り立った。)、地力維持のために、一連の行程よりなる注目すべきシステムを実行し始めた。
 私の宿舎はCANA畑に囲まれたところにある。朝起きて窓を開けるとなんかウンコ臭いにおいがする。どこか近くで堆肥でも撒いたのかなと思っていたのだがそうではなかった。USINAサン・マルチ-ニョが、CANAを調製・加工した過程で出た廃液を散布したCANA畑から、朝の湿った重い空気にのって、風で運ばれてきたのである。
 数千ヘクタールにも及ぶと思われる地続きの広大なCANA畑(写真12)に、USINAから2,30キロものパイプラインを敷設しこの廃液供給基地が配置し、また、カナルや開水路を設置して畑の中を延々と廃液を運んでいる(写真13,14,15)。
 そこからタンカーに汲み上げて、周辺の再生株を育成している畑にレインガンで散布するのである(写真16,17)。新植のために耕起する畑やスラリー搬送圏外にはバカス(CANAの汁液を搾った残渣)で作ったコンポストを運んで施用している。USINAに隣接した土地に、バカスを発酵させてコンポストを作る巨大なヤードが設けられている。
 さらに、5〜6年半にわたるCANA栽培の後には、落花生、ダイズ、ひまわりなどを作付けて地力回復・培養を図ろうとする試みが、この地域一体をカバーしているCOPLANA農協の指導で行われている。この発想は現農務大臣のホベルト・ホドリグエスが組合長の時に提案したものだと聞いた。
 これらの取組みがどのような成果を上げているのか? それがCANAがらみの課題として、私の当面の一番の関心事である。COPLANAの作物技術部長に聞いたがはっきりしなかった。近いうちに、ぜひともサン・マルチーニョの技術本部を訪ねて教えてもらおうと思っている。その結果を、本稿の読者の皆さんにもお伝えしたいと思う。
 また、私の仕事場である「JATAKセンター」のプロジェクトとして企画できれば良いと考えている。『耕』の読者、関係者には、この分野のエキスパートが沢山おられると思う。この企画や実行に当たって、ご協力いただければ幸いである。
 
終わり。
                                                 (東京農工大学名誉教授、71期:塩谷哲夫)

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