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安積高校旧本館
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2025.01.01 フクシマの空間放射線量は今《環境省のモニタリングポストの値から》
                                                    イチエフ問題を検証する会(匿名OB)制作・編集
 環境省のホームページには、空間放射線量(率)モニタリングポストの定点観測データがリアルタイムで掲載されている。福島第一原発事故より以前から設置されていたポストも多いが、事故後福島県を中心に観測点が増えた。ここでは観測点として3箇所に注目し、事故後13年9ヶ月が経過した現在の測定データを考察したい。公平な立場で事実のみを発言していく。表記した測定データは2024年12月平均値であるが、ここ1年程度は大きな変化はない。
 ひとつは事故のあった原子炉に近い双葉郡大熊町夫沢三区地区集会所(図3の緑の▲)、原子炉建屋の西側直線距離3km地点で地上100cmポスト。ここは大熊町の中でも空間放射線量が高い区域である。二つ目は我母校の福島県立安積高等学校校庭北側(理科校舎南側)地点、原発から西60kmで地上100cmポスト。三つ目は筆者の自宅から北東に直線距離3km地点の千葉県市川市立大柏小学校校庭、地上100cmポストで原発から南南西へ210km地点。いずれも環境省の定点観測所となっている。
 大熊町の周辺と安積高校校庭については、2011年4月〜7月にかけて大規模に表土を入れ替えていわゆる除染処理が実施された。大熊町は放射線量が抜きん出て高く、その後も複数回に亘って除染が進められた。首都圏でも各自治体の判断で、局所的には表土入れ替えを実施し除染していたが、いずれも比較的低線量であった。まず市川市の直近の線量は、0.044μSv/hr(マイクロシーベルト/毎時)で、事故以前の2010年全国平均値0.0415【2010年1月〜12月の全国のモニタリングポスト約23,500箇所平均値】とほぼ同等である。これに対し大熊町夫沢では5.36、安積高校は0.133(いずれもμSv/hr)となっており、首都圏の3倍から100倍以上多いことになる。大部分は放射性セシウム137の残存による崩壊ガンマ線であると推定される。
 事故直後の値から見ると、現状においては大幅に低下している。大熊町夫沢は事故直後の空間放射線量が5日間平均で20μSv/hr以上(2011年3月15日午前9時に、最大390μSv/hr)もあって立入絶対禁止の超危険区域であった。長期間に亘り帰還困難区域に指定されており、2025年1月現在でも困難区域のままである。解除の根拠は、年間積算被曝線量20ミリシーベルトを連続して下回る見込みが条件である。すなわち測定時の空間放射線量として単純計算では「2.28μSv/hr」以下(環境省による年間積算被曝線量換算には特別な数式を用いるが、それに従うと「3.80μSv/hr」以下)になってからという計算である。安積高校については除染前2011年5月12日測定の校庭5箇所平均値が、1.67μSv/hrであったことを考えれば、現在の空間放射線量0.133は10分の1以下に低減していることになる。8年ほど前の2017年4月の平均値が0.20だったことと比較しても、数値は下がっておりまずは一安心のレベルだ。
 自然被曝線量は日本人ひとり当たり年間積算で2.1ミリシーベルトであり、その内大地放射線による外部被曝は0.33ミリシーベルト、すなわち単純計算値で0.038μSv/hrに相当し2010年の全国平均実測値とほぼ一致する。別添資料として、環境省ホームページに掲載されたデータを図1に添付する。現在においても安積高校校庭は、日本人ひとり当たり平均の3〜4倍になっていると言えよう。
注)測定値の「空間放射線量」と、政府の言う人体に対する「年間積算被曝線量」は違う。独特な換算式があり、後者は単純に測定値の年間倍数ではない。 Y(年間ミリシーベルト被曝)=M(測定値μSv/hr)×5.256倍   Y =20 ならば、 M=3.805
図 1 : 日本人の自然環境からの平均被曝線量の内訳
日本人の平均被曝線量
 これらのモニタリングポストの数値は除染が進んだ市街地でのデータであり、除染されていない山林面積はこの3倍もあると聞く。放射性物質は消えてなくなる訳ではないので、表層に残存するセシウム等は雨が降れば河川に流出し途中のダムや湖・池などに濃縮されて沈殿し蓄積する。いずれは河川から太平洋に放出されていくのであろう。雨が降ったら、モニタリングポストの空間放射線量が上がることも理解できよう。
 ざっくり言えば、元の空間線量レベルに戻るのに300年かかると言っても過言ではない。孫・玄孫どころか何代も後の世界を誰が守るのか。
図 2 : 環境省モニタリングポスト実測値 (代表3箇所)
環境省モニタリングポスト実測値
 政府は「科学的な安全性」と「充分な議論を尽くした」ことを背景に、2023年8月24日午後から原発敷地内に溜めていたALPS処理水(一般的にはトリチウム処理水、あるいは原発処理水と言っている)を太平洋に放出開始した。既に1年4ヶ月間で8万トン弱が放出されたが、今後も毎年約5万5千トンを30年間に亘って放出すると言う。排水口付近の海水や魚介類の放射線量をモニタリングしているが、これはトリチウムであり、崩壊時のベータ線量は非常に小さいため検出限界以下は当たり前と言えよう。河川から流出するセシウムは問題視されていないのだろうか。おそらく汚泥は撹拌されることなく海底に沈殿し、海水表層面から水をサンプリングしても放射線は検出されない。水は放射線の遮断能力が特別に高く、水深1mで99.2%、1.5mで99.98%の遮蔽効果(ガンマ線)がある。海面の空間放射線量が低くても当たり前である。原発の燃料棒をプールに沈めて保管しているのと同じ原理である。
 数字の羅列で読み難い文章となってしまったが、事故後14年位では何の改善もないに等しい。空間放射線は直接動植物や生態系への被ばくとなり、人体には直接の曝露の他にも食料や飲料を介しての経口摂取が不可避である。低線量と言えども放射線は細胞やDNAの損傷を起こすが、それを修復する能力が生物には備わっているため表面に影響が出にくい。影響が見えにくいので対策は先送りし、未来の科学技術開発に期待して現状は何もしない(あるいは何もできない)のが実態だ。進化論では、生物は突然変異の繰り返しで代を重ね、その時の環境に最適な生物が生き残る。耐放射線細胞や遺伝子を持つ人類だけが生き残っていくのか。空想科学小説や映画の世界のようだ。いや、現実なのであろう。フクシマ県民だけの話ではない。世界の人類の未来に遺恨を残してはならない。
 原発事故があったにも関わらず、日本政府は益々逼迫する電力需要を再生可能エネルギーに依存しようとしたが、それでも大きく不足しているため原発を推進する政策に出た。耐用年数を延長し、現在停止中の原発も審査の上再稼働させ、新規建設も積極的に進める方針である。しかしながら核分裂エネルギーを利用するということで放射線発生を免れることはできない。私見ではあるが、人類はまだ核分裂を制御できる能力は持ち合わせていない。そうであれば二酸化炭素の発生を抑制した上での火力発電にも力を注ぎ、一方で自然エネルギーの利用として地熱発電や小規模水力発電を進めてはどうかと思う。化石燃料を悪の根源とせず、発生する二酸化炭素の2次利用も可能であろう。
図 3 : 大熊町の帰還困難区域と特定復興再生拠点区域 (2024年11月末現在)
大熊町の帰還困難区域
 歴史に「たら/れば」はないが、原発事故さえなかったら「フクシマ」の東日本大震災の復興は進んでいただろう。東京電力と政府に責任がある人災と言っても過言ではない中、故郷を失った住民の憤りは果てしない。「フクシマ」の全ての地域が、元の空間放射線量である0.04μSv/hrレベルまでに回復するのだろうか。自然に減少するまでの300年間を待たなくてはならないのだろうか。われわれは何をすべきか考えていきたい。
◆◆厚生労働省解説:放射線被ばくによる健康影響について《2021年2月18日》◆◆
◆◆東京桑野会2012年度総会《2012年6月1日》講演会、83期の野村貴美氏(東大院工)による「低線量の放射線の影響について」の要旨集はこちらをクリック
◆◆空間放射線量の推移:平成23年《2011年》4月から、平成28年《2016年》4月まで◆◆
◆◆直近の空間放射線量:平成23年《2011年》4月から、令和5年《2023年》5月までの変化◆◆
 3回にわたって当ブログに福島第一原発事故関連の記事を投稿した。事故が発生したのは事実であり、これに目を背けることなく今後の除染・復興への道を歩みたい。最後になるが、環境省大臣官房環境保健部がまとめた2024年4月17日発表の「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料・令和5年度版【抜粋】」PDF資料を下記する。
◆◆放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料・令和5年度版【抜粋】《2024年4月17日発表》◆◆

注)本頁内のデータおよび図表については、環境省ならびに厚生労働省の情報サイトから引用して作成した。
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